走ることについて語るときにLiuの語ること
第三部:グランドスラム、 遙かなる頂を目指して
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・最終章
第二部:走ることの意味を知りたくて僕は走った
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・第5章
第一部:走ることの楽しさを教えてくれた人達へ
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・第5章
第一部 第5章 42.195kmの向こう側の僕

僕は目標を立てた。

3時間20分。

僕レベルの初フルにしては少し高すぎる目標かもしれない。
けど・・・
2008年3月22日、26.4km in 東宮御所。(2:20'26"[5'19"/km])
2008年3月30日、30km in 皇居。(2:24'45"[4'49"/km])
それを達成するための練習も十分してきたつもりだ。
35km以降の不安はあるが、それがマラソンの面白さと教えられ
僕は35km以降の苦しみを迎えるのが楽しみになった。
皇居での30km走も20-30kmのラスト10kmを4分30秒/kmで走ってたし、
4分40秒/kmで走って最後上げて3時間15分もきれるんじゃねぇ?くらい思ってた。
(フルマラソンを甘く見すぎてた・・・)
2008年4月16日、治療院で最後の体のケア。
2008年4月18日、美容院でヘアケア。
僕は体と心を休めた。



2008年4月19日、前日受付の為に長野に入った。
受付を済ませて、早めにホテルに戻り一人思う。

一年半前、僕が走りはじめた時、フルマラソンを走る僕を想像しただろうか。
一年3ヶ月前、僕が初めてレースに出た日、明日ここを走ることを想像しただろうか。
半年前、僕が長野マラソンにエントリーした日、3時間20分を目指すと想像しただろうか。
明日、僕は42.195kmの向こう側にたどり着くことができるだろうか。
その向こう側へ行くために今までもらったいろんなアドバイス。
そしてそれを聞かずに自分勝手やって、してしまったいろいろな失敗。
それでも僕にくれたアドバイス、それら一つ一つを思い出しながら、眠りについた。

そして迎えたレース当日。
僕は緊張からか朝3時半に目を覚ました。
朝食を食べ、着替えて、荷物をつめてチェックアウトして会場へ向かった。
会場ではSWACの仲間達と健闘を誓う。
そしてスタート地点に並ぶ。



2008年4月20日8時35分。
スタートの号砲がなる。
僕は走り始めた。



僕はきっと恵まれている。
陸上経験どころかスポーツの経験もほとんどない僕が
走り始めてすぐにSWACと出会い、いろんな出会いが会って、
すごい人達と一緒に走れて、いろんな事を教えてもらって、いろんな経験が出来て、
「次のレースは?」なんて普通に話せて、
記録的にも全てのレースでベストを更新できて、
走ることが普通に楽しいと思えて、いろんなものをいっぱいいっぱい心に貰って、
今日もこうして一緒に走ってもらえて・・・
やっぱり僕は恵まれている。



SWACのコーチが一緒に走ってくれていた。
15kmまでは何事もなく、ペースも予定通りで順調に進んでいた。
(10km過ぎにトレイには行ったがまぁ、想定内だ)
17km過ぎに重くなった足、20km過ぎにつぶれた左足小指のマメ、
同じ頃出てきた右足甲の痛み、それも特に気にすることもなく僕は走った。
が、23km過ぎ、急にペースが上がったような気がした。
距離表示が正確ではないので1kmごとに一喜一憂しないように言われる。
うん・・・分かった・・・けど・・・やっぱり速くなってない?そう思った。
そして25km過ぎから明らかにペースが落ちた。
違う・・・23km過ぎに感じた事はペースが上がったからではなく、
もうそのペースでは走れなくなっていたのだ。
前に進もうとする気持ちは強いが、足が全然動いてくれない。
こんなはずじゃないのに・・・あれ?俺・・・えっ?・・・
悔しくて・・・悔しくて泣きそうになる。
まだ30kmも走ってないのに足が動かなくなるなんて、いっぱい練習してきたろ?
あれじゃ足りなかった?こんなもんなのか俺は?
いろんな思いが駆け巡って涙が・・・
が、その度に過呼吸みたいになって泣くに泣けない状況が続く。
これがマラソンかよ、くそっ・・・そう思いながら僕は走った。
折り返しで仲間とすれ違うと声援をくれた。
僕は手を振り返す余裕さえなくなっていた。
35kmくらいからはコーチがずっと励まし続けてくれた。
僕は一人だったらたぶん歩いていただろう。
あきらめて立ち止まっていただろう。
正直、何度も「もう止めよう、このまま倒れこんでしまおう」と思った。
その度に背中を押してくれる言葉に・・・僕は・・・

もうフォームもバラバラで、足も上がらないけど、今は前に・・・
ただただ前に・・・

最後くらいはかっこよく走りたかったけど少しでもスピードを上げようとすると
右足フクラハギが攣ってしまった。
フィニッシュゲートが見えて先にゴールした皆からの声援、
コーチから最後の激励を受ける。
「24分を切るよ」そう言われて動かない足を無理やり動かす。
そしてボロボロの身体でバラバラのフォームでゴールに飛び込んだ・・・
3時間23分55秒、やっと終わったんだ・・・
もう走らなくていいんだ・・・もう止まってもいいんだ・・・

僕の足は限界を越えていた、ゴール後に座りこんだ。
攣りっぱなしの右足を伸ばしてもらい、コールドスプレーをかけてもらう。
しばらくしてコーチに手を借りてようやく立ち上がり僕は競技場を後にした。
こんなにも辛いものだとは思ってもいなかった。
こんなにもボロボロになるとも思ってもいなかった。
肉体的にも精神的にも・・・
もう二度と走りたくないと思った。
次のことなんて考えたくなかった。
着替えてSWACの仲間と集まっても・・・



帰りの新幹線、一人になってレースを振り返った・・・
タイム的には今の僕には十分すぎる結果だろう。
恥ずべき結果でもない、むしろ誇ってもいい結果だ。
なのに涙が・・・
悔しくて涙があふれてくる。情けなくて涙がこぼれ落ちる。
目標をクリアできなかったからではなく
25km過ぎから足を動かせなくなった自分に、踏ん張りきれなかった自分に。
最近、涙腺が弱くなってるのかな・・・
そして僕はまた走ろうと思った。
もっと練習を頑張ろうと思った。
数時間前まではもう走りたくないと思っていたはずなのに

今度こそはと思う僕が・・・走りたいと思う僕が・・・



壁の上で見た一瞬の景色、
涙でうまく見えなかったけど、確かに僕は見た。
楽しむなんて余裕はなかったけど。
たくさんの人に支えられて。
たくさんの声に励まされて。
僕は確かに42.195kmの向こう側にたどり着いた。
僕は今回の悔しさを一生忘れないだろう。
一緒に走った仲間のことも、流した涙のことも。

そして・・・

今度は笑顔でゴールできるように。
一瞬の景色を笑顔で見れるように。

僕はまた走り始めた。







レース後日、SWACのみんなは良くがんばったと称えてくれた。
照れくさかった。
ほら、やっぱり僕は恵まれている。










第一部 完。


走ることの楽しさを教えてくれた人達へ
たくさんのありがとうを。

2008/4/25