走ることについて語るときにLiuの語ること
第三部:グランドスラム、 遙かなる頂を目指して
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・最終章
第二部:走ることの意味を知りたくて僕は走った
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・第5章
第一部:走ることの楽しさを教えてくれた人達へ
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最終章 たどり着いた先に

2010年10月9日、新潟県上越市。

あと少し。

長かった100kmのこのレースももうすぐ終わる。
途中もうダメだと何度も諦めかけて何度も歩いて何度も立ち止まった。
それでも温かい町の人達の声援に励まされながら、
同じレース走る人たちに助けられながら、
いろいろな思いにを胸に抱きながら僕はゴールを目指している。

あと少し。。。

グランドスラムを目標に掲げてから1年ちょっと。
当時僕は3つの関門を何一つとしてクリアしていなかった。
それでもいけると自分を信じて掲げた目標。
苦しい時もあった、故障で走れない時期もあったけど
サブスリー、富士登山競走完走と一つ一つクリアしていった。
最後に残ったのはウルトラマラソンサブ10。
今回で決めてやると挑んだこのレース。
それは僕らしくボロボロでカッコ悪いレースになったけど・・・

今、最後の関門をクリアしようとしている。
もう少しで僕はゴールにたどりつく。


そこには何があるんだろう。
その先には何があるんだろう。
僕はそれを確かめに、、、



2010年4月25日、初のウルトラマラソン、チャレンジ富士五湖112km。
グランドスラムは100km10時間が必要なのにエントリーしたのは何故か112kmの部。
1000円しか変わらないし、どうせ出るなら長い方をという貧乏性。
怪我の影響で2月からほとんど練習ができていないのに。
ゆっくりのペースなら問題ないだろう、それに・・・
「112kmで10時間きったらカッコよくない?」とレースに参加。

甘かった。
僕はウルトラマラソンの怖さを知ることになった。

50km以降まったく足が動かなくなった。ほんの10km進むのに90分以上かかった。
当たり前だ。
故障を抱えて前半バカみたいなペースで突っ込んでそのまま走りきれるほど甘くない。
練習でも40kmまでしか走っていなく、50km以降は未知の世界。
それなのに走りきれると思うほうがおかしい。
気付いた時はすでに手遅れ、残り60km以上、10時間の地獄が僕を待っていた。

あまりの右足の痛さに何度も止めようと思った。
目の前の回収車に乗れば楽なのにと何度も思った。
途中、もう棄権しようと何度も決めた・・・けど、進むことを止めなかった。

どうして止めなかったんだろう。

棄権すればこれ以上痛い思いをしなくていいのに。
故障を悪化させてまで進む意味なんてないのに。
棄権する事が正解だって自分でも分かっているのに。

なのに何故?

たぶん途中で止める勇気さえも僕にはなかったんだと思う。
途中で止めるなんてカッコ悪いと思うカッコ悪いプライド?
そんな安っぽいものの為なのかもしれない。
ただあの時の僕は進むことを選んだ。
弱いからこそ進むことを選んだ。
ボロボロでも僕はゴールを目指した。
バカだと思われても僕はゴールを目指した。

ラスト12kmは2時間かかった。
僕は涙を流しながらフィニッシュゲートをくぐった。
満足に走れなかった悔し涙?ゴールできた嬉し涙?
いろんな想いが入込んで流れ出した涙を僕は止める事ができなかった。


この時の故障で翌月はほとんど走れなかった。


2010年6月、打ちのめされた僕は練習法を変えた。
次のウルトラマラソンを10月に決めて、そこで確実に10時間きる為に。
正直、どんな練習をすればいいか分からなかったし、
ネットで調べてもウルトラマラソンでサブ10を目指す練習法は見つからなかった。
SWAC会員さんの意見を聞いたり、前回の富士五湖での教訓をいかしたりして
自分で練習メニューを組んだ。

決めたのはスピードを犠牲にしてでもゆっくりと長く走る事。
サブ10をクリアするのにスピードはいらない。
6分/kmで走ることに身体を慣れさせようと考えた。
週末はできるだけ長い距離をゆっくりと走るように心がけた。
7月には富士登山競走が控えていたが試走にも行かずにただ距離を時間を走った。
(今思えばとてつもなく甘い。富士登山競走をなめすぎ。)

2010年7月23日、富士登山競走。
グランドスラム達成の為に必要な山頂コース時間内完走の称号。
昨年の五合目のタイム(1時間57分03秒)もあったので楽勝に考えていた。
が、レースは厳しいものとなり制限時間との戦いに。
気温が高かったこともあり前半からペースが上がらない。
いや、自分では昨年よりも速いペースで走ってると思っていた。
ただ実際のタイムは昨年のタイムより大きく遅れていた。
五合目通過の時点で昨年よりも10分以上遅れていた。
さらに大量の発汗でスタミナが奪われていき、
経験のない7合目より上で更にライムをロスしていく。
(試走をちゃんとしないからこんな無様な・・・)

終わってみれば4時間25分弱と制限時間ギリギリのタイムでのゴールとなった。

悔しいレースになったけれど、このレースは山頂に立てばいい。
そう思い次の日からまらウルトラの為の練習を続けた。



8月に入ってうだるような暑さの中、僕は走り続けた。
夏休みには40km走を含み8日間で170km以上走った。
9月になっても暑い日は続いた。
それでもただただ走り続けた。
週末には50km+30km、40km+40km、50km+30kmと3週連続で80km走った。
月間では8月、9月と2ヶ月連続で400km以上走った。

9月21日からは疲労回復を中心のメニューに移行した。

そして・・・



2010年10月9日、えちご・くびき野100kmマラソン。

自分では十二分に練習してきたつもりだ。
4月の富士五湖の時とは比べ物にならないくらいに練習を重ねてきた。
故障もなく体調も前回より全然いい。が、これは本番のレース。
レースと練習が違うのは今まで何度も経験してきた。
今まではレースの方がいい方に転んだことの方が多かった。
練習で経験したことのないペースで走りきれたり、
思ってもみなかったタイムでゴールしたり。
けど・・・それもこれもフルマラソンまでの経験。

前回の初ウルトラマラソンでウルトラの厳しさを分かったはずだった。
後半の厳しさを学んだはずだった。
それなのに僕はまた自分の走りやすいペースで走ってしまった。
「走りやすいペース」
それは30km、40kmまでの楽に走れるペースであって、
100kmを走りぬけるペースではない。
自分で感じている以上にゆっくり走るべきと繰り返し練習してきたはずなのに。

いや、忘れたわけじゃない。
いつも以上に練習してきた為、余計な自信がついてしまっていた。
そして根拠もなく、すぐに自信過剰になってしまう悪い癖が出た。
このまま最後までいけるんじゃないかって。
あわよくば9時間切れるんじゃないかって。
キツイ練習をしても相変わらずの甘い考えは治らなかったみたいだ。

ウルトラマラソンって我慢する事が大切な種目だと思う。
普段のペースよりも遅いペース走る我慢。
ペースを上げるのは気持ちいい。
何も我慢しないで思うように走れるのだから。
けどそれは体に借金をして時間の貯金をするみたいなもんだ。
しかも体に借金をしてることに気付くのは4時間を過ぎてから。
2時間、3時間のレースならそれでもいいと思う。
体の借金はゴールしてから返済すればいいのだから。
けどウルトラマラソンは違う。
スタートから2時間、3時間時点での借金はその後、雪だるま式で増加していく。
そうなるともう時間の貯金では体の借金は返済できない状態に陥る。
それでも無理して走り続けるとゴールする前に身体のシステムは破綻してしまう。
そして足が言う事を聞かなくなる。
そうなったら最後・・・もう一度走りだすことは困難だ。

そうなる前に・・・

50km過ぎのトランジットエリアで重いシューズを履き替えて僕は再び走り始めた。
(今思えば・・・履き替えないほうがよかったかも・・・)
もうオーバーペースにならないように。
もうオーバーペースでは走れなかったけど。


後半はひたすら淡々と進んだ。
4月よりはましだが、それでも肉体は限界に近づいている。
10km毎の標識が徐々に遠く感じ始める。
できるだけ何も考えないようにした。
考えてもマイナスの事ばかり思い浮かべてしまうから。
ただ一歩一歩前に、それだけ。

残り5kmの標識を過ぎてようやく10時間切れると確信を得た。



あと少し。

長かった100kmのこのレースももうすぐ終わる。
そう思うといろいろな思いと想いが頭を駆け巡った。
そして自然と笑みがこぼれる。

僕はゴールテープをきった。

この大会の優しさが疲れ果てた僕を包み込んだ。
これでグランドスラム、、、達成したんだな。


ところで僕はここで何か見つけたのだろうか?



あれから3週間、、、



別にこれでトップに立ったわけでも、何かを成し遂げたわけでもない。
僕が35歳だった時に
ただ42.195kmを3時間以内で走って、
ただ富士山の山頂までを4時間30分以内で登って、
ただ100kmを10時間以内で走った。

ただそれだけのこと。

けどそれらは33歳の頃には想像もできなかった3つの目標で
35歳の僕にできる最高の目標だったと思う。
最後の目標だった100km10時間をクリアした先に僕が見つけたもの。

それはその先に広がる無限のコース



これからのランニングライフにおいてどんな目標を見つけるのか、
今はまだ何も見えないし分からないし、
大きな目標をクリアしたことで次の行き先さえも見失っている。


けど・・・

たぶん・・・いやきっと・・・

36歳になった僕も走り続ける。

もうしばらくはね(笑)

何の為にかって?

たぶんその答えが見つかったら僕は立ち止まることを迷わず選ぶよ。

そしてまた語り始めるだろう。

〜Fin.〜

2010/10/30