走ることについて語るときにLiuの語ること
第三部:グランドスラム、 遙かなる頂を目指して
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・最終章
第二部:走ることの意味を知りたくて僕は走った
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・第5章
第一部:走ることの楽しさを教えてくれた人達へ
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・第5章
第三部 第4章 魔法にかかった僕

SWACに入会してからいままでいくつかの壁を越えてきた。
「ハーフ100分ギリ」
「フル3時間半ギリ」
「ハーフ90分ギリ」
その度にまた次の目標を決めてそしてそれを乗り越えてきたけど・・・

「フルサブスリー」

その目標をクリアしたとき次の目標が見えてこなくなった。
僕はまだ上へ行けるのだろうか。
僕はまだ上を目指してもいいのだろうか。
次への階段が何も見えてこなかった。
まだ僕がたどり着くには早過ぎたんじゃないだろうか。
僕は今いったい何処を走っているんだろう。



2009年12月、僕は走り続けていた。
そして年末には5000M、10000Mとベストを更新した。
もちろん練習は一生懸命走ってたから、それらの結果もそれなりに嬉しかった。
5000M18分台、10000M39分台なんてちょっと前の僕からすれば夢みたいな記録だ。
ただそれらの結果が僕のモチベーションに繋がることはなかった。
だから何?別に驚くべくタイムでもないじゃん。
むしろまだまだ遅いタイムじゃないか、こんなんじゃ・・・
次のマラソンに向けてどんな気持ちで挑んでいけばいいのかまだ分からずにいた。
僕は僕の残像に追いつく事ができなくなっていた。
サブスリーという言葉が僕に重く圧し掛かった。

2010年、年が変わっても気持ちは変わらず、体重は増加したまま。
調整レースが近づいても気持ちは上がらず、逆に疲れが溜まって、
練習でも思うように走れなくなっていた。
それでも走り続けた。
とりあえず追い込めば何かが見えるような気がしたから。
だから延岡の3週間前にある千葉マリンマラソンまで追い込むことにした。
それから休もうと。

無謀だった。

千葉マリン1週間前にオーバーワークから左足負傷。
直後は疲れのせいだからすぐに治ると思っていた。
2,3日すれば痛みは治まると・・・しかし・・・
千葉マリン前日になっても違和感はなくならずDNSを決断。
翌日、治療院にて左ひらめ筋の筋膜炎と言われる。
ショックだった。
もっと軽い症状だと思っていたから。
ただの疲労だって思っていたから。
昨年3月、左ハム筋膜炎の時は普通に走り出すまでに1ヶ月かかり、
レースでちゃんと走れるようになるまでは4ヶ月かかった。
けど今回はその時点で延岡まではあと3週間しかない。
モチベーションも上がらぬまま、焦りだけが増していった。


2月に入ってからの僕はボロボロだった。
焦りから完治せぬままに走り痛みはアキレス腱に移動して状態は悪くなる一方。
走る事以外もいろんな事があって、、、、僕は最低な日々を送っていた。
何ができる?何をやればいいの?何が間違ってるの?何がいけないの?
周りにはなんてことない風を装って無理やり元気出してみても何か虚しくて・・・

延岡西日本マラソンを回避して治療に専念すれば少しは楽になれるだろう。
今月はもう走らなくていいよと思えば少しは楽になれるだろう。
この際、走ること全部を忘れてしまおうか。
そうすれば身体だけじゃなくて心も軽くなるかもしれない。
どうせ満足のいく走りはできない。
どうせベスト更新なんてできない。
だったらいっそ止めちゃった方がいいよ。
逃げちゃえばいいじゃん。。。



それでも僕は・・・



僕なんてただなんとなく毎日を生きてるけど、
そこにもたぶん当たり前に生も死も存在していて、明日なんて誰も知らない。
もちろん僕自身の明日もね。
だからこそ今やれるんならやっといた方がいいことっていっぱいある気がする。
「第二部 第4章」




今度の延岡だけは僕は走らないと・・・1年前にそう決めたから。
他の人から見たらどうでもいい理由かもしれない。
他の人から見たら来年も続くレースの1つかもしれない。
後から振り返るとほらやっぱり止めとけばってい思うかもしれない。
けど僕にとっては大切なレースで、僕が帰ってくるのを待ってくれている人がいて
このマラソンは初マラソンと同じくらい僕にとって大切なレースなんだ。
このせいでしばらく走れなくなったとしても僕は・・・



レース3日前、僕は延岡に帰省した。
暖かい延岡に帰っても左足の調子が良くなることはなく、
ジョグに出ても20分足らずで左足は痛みを感じた。
やっぱり全然走れない。
完走どころか最初の関門までもたどり着けないかもしれない。
すぐに左足は痛みを感じるし、呼吸もすぐに上がる。
1ヶ月も走ってなければ当たり前か。
もう完走することは半分諦めていた。
両親にもそう伝えていたし、両親は無理するなと言ってくれた。
ダメか・・・そう思いつつレース前日の開会レセプションに参加していた。
来賓の話を聞き流しなら、キャンペーンガールを横目に見ながら。
退屈な1時間を過ごして僕は会場を後にした。

そしてそれは突然だった。
そのレセプションの帰り・・・左足の痛みが・・・消えていた。
昼間まで気になっていたはずの左足が・・・
アドレナリンのせい?ダッシュをしてみても何の違和感も無い。
まるで魔法にでもかかったかのようだった一切の痛み、違和感が無くなっていた。
嘘みたいに足が軽い。
痛みが消えても練習してないことに変わりはないけど、
僕は何故だか走れるような気がしていた。
もしかしたらなんて甘い考えが・・・

ただ・・・魔法は解けるものだってことを忘れていた。


2010年2月14日、延岡西日本マラソン。

左足を確かめるように、そして温める為にアップをした。
懐かしい街をジョグ、そしてダッシュを繰り返す。
大丈夫、痛みはない、いけるよ。
僕はスタート地点に並んだ。
決めた。18kmの最初の関門まで全速力で駆け抜けよう。

12時05分、スタートの号砲がなった。
僕は全てを忘れるように最初からダッシュした。
大丈夫、痛みはない、身体が軽い、足が動く。
呼吸は苦しいが・・・それがまた気持ちいい。
久しぶりに味わうこの感覚。
思えば左足を故障してから1ヶ月、全力で走ることなんてなかった。
沿道からの声援をかき分けて僕は僕が生まれたそして育った街を駆け抜けた。

このままずっと・・・

が、20kmを過ぎた頃、早くも魔法は解け始めていた。
左足首がきしむように痛みを感じ始め、そこから左脹脛、左ハム、左前腿、
そして右足へと痛みが伝染していった。
25kmを過ぎると僕の両足はもう僕の言うことは聞いてくれなくなっていた。
ほんの少しの向い風がとても強く感じた。
「やっぱりもたないか」
反対車線を走る搬送車、僕は振り返った。
「あれに乗って帰ったらどんなに楽だろう」
「あ〜ぁ、もう足が痛い、止まってよくねぇ」

けど・・・僕は足を動かし続けた。

これまでもゴールにたどり着くまでたくさんの人に支えられてゴールしてきた。
そして今回はこの街に助けられた。
この街に住む家族、仲間、知人、友人、、、
いやそこに来ていた全ての人の声が僕の力になった。
これだけの声をもらって足を止めるわけには行かない。
ペースは落ちていく一方だけど、それでも動かし続けるんだ。

そしてスタートから3時間11分を過ぎた時、ゴールの市役所前に戻ってきた。
家族の声が聞こえた。
僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ゴールラインを越えた。
僕は空を見上げた。


疲れたなぁ。
足痛ぇなぁ。
右足に肉刺できてるな。
あぁもう動けない、動きたくない。
でも・・・やっぱり気持ちいいかも。


両足の脹脛はガチガチに固まって、両太腿ははち切れんばかりの痛みで、
アクエリアスを一気に飲み干しても喉の渇きは取れなくて・・・
けど家族の笑顔が僕をその場に立たせていた。
(その頃、ゴール地点にいなかった親父は家に戻って涙していたらしい、
涙もろいのはどうやら遺伝のようだ)

応援ありがとう。
その言葉を伝えたっけ?なんかボロボロで伝え忘れた気がする。
僕はたくさんの言葉をもらったのに。

翌日、僕は延岡を後にした。
いろんな想いが巡って・・・そして・・・また帰ってくることを誓って。



故障を抱えたまま、練習もほとんどできないままに走って、ベストも更新できなくて、
3時間を切ることもできなかったけれど、それでも今回走ってよかったと思う。
延岡では両親と弟が生活していて、弟は結婚して家族が増えて、親戚も増えた。
たまにしか会わない僕を、会ってもほとんど話すことのない僕を貴重な休みを使って、
寒い中応援に来てくれて、大きな声をかけてくれて、見れて良かったと言ってくれて、
かっこよかったと言ってくれて、感動をありがとうって言ってくれて、、、
(やばい、書きながら泣きそう)
とにかくありがとう。
来年はちゃんとゴール後にありがとうって僕の声で伝えたい。

ただ走るだけ。
特別なタイムで走るわけでもなく、かっこよく走りきるわけでもない。
それでも感動したって言ってもらえて。
別に感動してもらう為に走るわけではないけど・・・
それでもその言葉が嬉しくて僕はまた走りだそうって思うよ。
必ずまた延岡に帰ろう。







僕はタイムを気にしすぎていたのかもしれない。
今回見てくれた人達は3時間だろうが4時間だろうが変わらずに応援してくれただろう。
僕だけが大したこともないタイムを気にして。
そりゃ自己ベストが出れば嬉しい。
けどフルマラソンの魅力ってきっとそれ以外のことの方が占める割合が大きいと思う。
たかだか5回しか走った事ないけど・・・今回、そう思った。

次からはもっと楽しめそうな気がする。
もちろんこれからもベストは狙うよ。
けどもっと大きな価値あるものを、僕にとって価値あるものを手にするために。
僕はこれからも走り続けようと思う。



どうやら走りを好きになる魔法はまだ解けていないらしい。

2010/2/24