走ることについて語るときにLiuの語ること
第三部:グランドスラム、 遙かなる頂を目指して
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・最終章
第二部:走ることの意味を知りたくて僕は走った
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・第5章
第一部:走ることの楽しさを教えてくれた人達へ
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第三部 第3章 10771秒で駆け抜けた僕

2008年4月20日、悔しくて涙を流した長野マラソン。
2008年11月30日、怪我をして思うように走れなかったつくばマラソン。
2009年4月19日、再び怪我、ボロボロになったかすみがうらマラソン。
そして・・・2009年11月、、、



11月15日、横浜国際女子マラソンの応援に行った。
そこであらためてマラソンの厳しさを知ることになった。
その日は向い風が強く、気温も高く走るには最悪なコンディション。
コースも平坦と言われていたが実際には小刻みなアップダウンが続くコース。
教室で一緒に練習する仲間達が苦しそうに走っている。
当たり前のようにベストを更新すると思っていた人達が途中でリタイアしていった。
その場では応援ありがとうって笑顔をみせてくれたけど・・・
こんな時なんて声をかければいいのだろう。
練習でも一緒に走ってきたし、すごく頑張ってきたのも見てきたし聞いてきた。
この日の為に何かを犠牲にして走った人達に僕はなんて言えばいいんだろう。
お疲れ様?頑張ったね?しょうがないよ?こんな日もあるよ?次頑張ろうよ?
結局、言葉が見つけられないまま誰にも声をかけずに僕は横浜を後にした。

その日の夕方、僕は一人いろんな事を考えながらいつもの公園を走った。

高い目標を立てた場合、どんなに頑張ってもダメな時もある。
当日の天候、気温、風、その他いろんな要素が絡んでくるから。
それらは自分ではどうすることもできない事も多い。
それらは時に非情だ。
けどそれがどんな理由からだったとしても結果が出なかった時は
本気で頑張った時ほどその悔しさは大きいんだと思う。
僕の長野の涙なんて比べ物にならないくらいに・・・



僕はこの半年間、食べたいものも我慢して、体重も10kg以上落としたし、
身体のケアもいつも以上にやったし、やれることはなんでもやってきた。
特に9月からの3ヶ月間は質も量もいい練習ができたと思う。
サブ3を達成する為の練習メニューを組んだし、それを確実にこなしてきた。
自分で言うのもなんだが本気さでは誰にも負けないと思った。
それでも不安はあった。
これができれば3時間きれるという保証は何もないから。
ただ僕は事あるごとに「楽勝」「余裕」と言い続けた。
自分を追い込むために、不安を打ち消すために。
とにかくいいイメージだけを持つように心がけた。
「僕はいける」そう自分に暗示をかけるかのように言い続けた。


11月22日、僕は大田原に向かった。
電車の中で応援メールを読み返す。
一緒に練習してる仲間からのメールに返信を書く。
もちろん「軽く3時間きってきます」と。

夜、パスタとピザを食べながらつくばマラソンの報告を聞いた。
多くの人が自己ベストを出したらしい。
天候も予想よりだいぶよく走るにはいい条件だったとか。
僕もつくばを走ってれば・・・なんて思うことはなかった。
みんなの結果もまた僕のパワーに変わる。
次は僕の番だ。

「いけるよ、楽勝だよ」

ホテルに戻って朝食べるはずだった3つのおにぎりを口に放り込んで僕は眠った。



そして・・・

2009年11月23日、大田原マラソン。

この半年間、練習メニュー、食事、その他いろんな事を教えてくれたコーチと
受付を済ませアップをする。
初マラソンだった長野マラソンではペースメイクをしてもらった。
その他、練習でもレースでもいろんなところで一緒に走ってもらった。
けど今回はそれぞれがそれぞれの目標を持って走る。
連れて行ってもらえるのはスタートラインまで。
そこからは僕一人で走らなければいけない。
大田原は周回コースだからすれ違うこともないだろう。

伝えなきゃいけないことがある気がするけど・・・

スタート前には応援に来てくれた人達に挨拶する。
大田原ではSWACの応援はないと思っていたから嬉しかった。
調子を聞かれるが・・・もちろんここでも「余裕」と答えた。


この半年間の一つの答えがこれから約3時間で出る。


10時40分、スタート。
長野でもつくばでもかすみがうらでも周りにはSWACの仲間がいたけど
今日はスタート直後から一人。
誰もペースは作ってくれない。
けど、今まで教えてもらったいろんなことを僕の身体は覚えている。
僕の名前を呼ぶ声援もはっきりと聞こえる。
「大丈夫、焦るな、リラックスしていけばいい」自分に言う。
アップ時に見つけた1kmの目印。
時計を見る。
「このまま、ずっとこのまま」自分に言い聞かせる。

10月の高島平で自信を持った僕は20kmまでは余裕で行けると思っていた。
この日は高島平の時よりも少し遅いペースで走っていたから。
なのに20km手前からもう足にはダメージが・・・
20kmだと思って走る20kmと42kmだと思って走る20kmは違うのだろうか。
確実に足にダメージは溜まり始めていた。
それでも30kmまでは予定通りのペースで走り続けいていた。

30km過ぎ、先を行っていたはずのコーチが足を止めて歩いている。
コーチのこの日までの練習も目標も知っていたからここを歩いていることへの驚きと
心配があったけど僕には声をかける余裕も無く・・・
逆にコーチは自分のことはおいて僕のペースを気にしてくれた。
「キツイ、ペースは設定通りだけど・・・」僕はそう伝えるだけで精一杯だった。
僕はひどい顔をしていたに違いない。
この時すでに僕のペースはじわじわ落ち始めていた。

ここからがマラソン・・・

痛みも出てきて思うように足が動かない。
足裏、脛、脹脛、太腿、尻、下半身のいたるところが悲鳴を上げ始めていた。
35km過ぎて急に足が止まった・・・一気にペースが落ちた。

「ダメかもしれない」

このレースで初めてそう思った。
余裕なんてこれっぽっちも残ってなかった。
右足はアキレス腱から脹脛にかけて強い張りがでていた。
このままのペースでは確実に3時間をオーバーしてしまう。
今までの練習、レース前にもらったメール、沿道から声援をくれるSWACの仲間、
いろんな事を考えた。

「ペースをこのまま落としても3時間1桁のベストは出るな、止まったら楽だろうな・・・」

けど・・・
僕は諦める為に走っているのか?自己ベストを出せればそれでいいのか?
いや違う。
今日だけは結果を出す為に走っているんだ。
3時間きらないと意味が無い、今日だけは。

約束したから。

僕は腕を振った。
動かない足を無理やりに動かした。
痛みは酷くなる一方で、アキレス腱、脹脛は張りっぱなしの状態。
それでも僕は足を動かし続けた。
「楽勝でしょう」自分に言う。
限界だと思っていた僕のペースが少し戻った。
沿道からは「3時間きれるよ」との声が届く。
僕の名前を呼ぶ声も聴こえる。
さらにペースを上げる。
競技場に入り時計表示が見える。
いける。
フィニッシュラインを越えた。

2時間59分31秒。

今までのいろんな事が僕の頭を駆け巡る。
誰もいないトラックの8コース側に行き僕は空を見上げる。
目には自然と涙が・・・やったんだな俺。
半年間の練習、仲間のレース、声援、約束、いろんな事を考えるとまた涙が・・・
本気で頑張ったから本気で嬉しくて・・・
初マラソンで悔し涙を流してから1年半、今度は嬉しくて涙を流してる。
嬉しくて涙を流したのは初めてかな。
ランニングを始めてから僕はたぶん少しだけ涙もろくなってるんだ。



しばらくゴール後の余韻に浸りながら荷物を置いてある体育館に戻って汗を拭いて、
シャツを着替えウィンドブレーカーを着てその場に座り込んだ。
足は痛いし疲れててもう動きたくないけれど・・・僕はゴール地点に戻らないと。
伝えなきゃいけないから。

SWACの仲間達が次々にゴールに戻ってくる
いい笑顔、悔しい顔、満足げな顔、物足りない顔、疲れ切った顔、、、
そしてゴール地点に戻って約15分後、コーチは戻ってきた。

「どうだった」
「59分31秒」
「よかったぁ、おめでとう」
「ありがとう」

うん、僕は本当のありがとうを伝えたかったんだ。
自分の事は二の次に人の事ばかり考えて、心配して、
自分の時間を削ってアドバイスして、応援して・・・
もし結果が出てなかったとしてもありがとうの気持ちに変わりはないけど、
この日だけは結果が一番のありがとうになると思ったから。
だから僕は頑張れた。
本当にありがとう。



そして走り終えたメンバー、応援をしてくれたみんなもおめでとうと言ってくれた。
僕は照れ笑いを浮かべるだけだったけど・・・本当は泣くほど嬉しかった。
一応、男だからみんなの前では泣けなかったけどね。



メールやブログのコメントなどでもたくさんの人からおめでとうを貰った。
そして嬉しいと言ってくれた。
SWAC教室でもたくさんのおめでとうを貰った。
僕なんかの走りで喜んでくれる人もいる。
それだけでも走ってよかったと思う。
頑張ってよかったと思う。

そして「Liuが3時間切れるなら僕も、私も」と思ってくれると嬉しい。

学生時代、スポーツをが嫌いでも、徒競走や持久走でいつもドベを走っていても
小さな頃から太っていても、30過ぎまでスポーツをやっていなくても、メタボでも
サブスリーは達成できる。

必要なのは本気さと運だと僕は思う。

僕は運がいい。

だってこんなにも素晴らしい仲間達に出会えたのだから。

2009/12/03