走ることについて語るときにLiuの語ること
第三部:グランドスラム、 遙かなる頂を目指して
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・最終章
第二部:走ることの意味を知りたくて僕は走った
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・第5章
第一部:走ることの楽しさを教えてくれた人達へ
・第1章   ・第2章   ・第3章   ・第4章   ・第5章
第二部 第5章 走る事、走れない事でいろんな事を知った僕。

またやっちゃった。

声が聞こえていたはずなのに・・・



青梅マラソンの翌週、僕は31kmを走った。
2週連続の30km走、当前、足にはダメージがあった。
両太ももの内側には張りを感じていた。
たださほど痛みはなく2週連続で30kmを走りきった事への達成感の方が強かった。
その2日後にはトラックでの10000Mのベストを更新した。
僕は2月の神奈川マラソンからの好調を維持していると思っていた。
全てが順調にすすんでいると思っていた。
3月に入ってもレースペースでの距離走もこなし、
トラックでも10000Mのペース走で4分/kmを切って走る距離を徐々に伸ばした。
いつか10000Mを40分切れるようにと。
3月3日の練習では10000Mのペース走でラスト3000Mを4分/kmを切って走った。
荒川マラソンの10日前からは練習量を減らしていった。
そして・・・あの日・・・

2009年3月7日、荒川マラソンの1週間前。
最後の距離走、と言っても代々木公園を8周、14kmの予定だった。
ずっと太ももに張りは感じていたのものの6周目までは問題なくこなしていた。
ペースも4分30秒弱/kmで走っていた。
そしてラスト2周をほんの少しだけペースを上げようとした瞬間・・・


えっ!?!?!?

あれっ、、、

痛い。


左足に攣ったような痛み、走れない、すぐに止まった、立っているだけでも痛みがあった。
その場はとりあえず笑ってコーチの場所まで戻ったけど・・・
今までにない痛み・・・ヤバイ感じ・・・



今回は声が聞こえていたはずなのに、「休もうよ」って声が聞こえてたはずなのに。
ペースを上げる必要なんて全然なかったのに、過信は禁物と言われていたのに、
いつも言われてる事なのに、自分でもそう分かっていたはずなのに・・・
調子がいいと勘違いして僕はその声達を無視した。
その結果が・・・



1週間走るのを止めた、いや、痛みの為走れなかった。
治療にも1週間で3回通った。
左ハムストリングの筋膜炎だろうと言われた。
1週間で走れるようになる訳もなく僕は今期3度目のDNS、荒川マラソンのDNSを決めた。
当たり前に荒川でもベストを更新すると思ってから・・・凹んだ。


いろんな人が心配してくれた、励ましてくれた。


2009年3月15日、本来なら荒川マラソンを走るはずだった日。
僕は歩くことからはじめた、30分歩いた。
次の日は1時間歩いた。
その次の日にはジョグを再開した。
が、年度末で仕事が忙しく平日はほとんど走れなかった。
それでもSWAC教室には参加し3月の終わりには20kmを走れるようになった。
ただ・・・左ハムストリングの違和感は消えなかった。
微妙な痛みが残る。

4月に入っても仕事は忙しくほとんど走れなかった。、
そのおかげか10日過ぎには左ハムの違和感はなくなりつつあった。
ただほとんど走れていないことへの不安が増していった。
そして怪我をしてから初めてのスピード練習で・・・
思っていた以上に走れない自分にショックを受けた。
走れないのは分かっていたけど4分/kmも切れないなんて・・・
当然と言えば当然だ。
平日はほとんど走っていなくスピード練習も一切やっていなかったから。
それでも実際走れないのを体感すると・・・やっぱりダメかって・・・
そして痛み再発。
また凹んだ、そして悩んだ。

かすみがうらマラソンに出場するか、DNSか、、、
かすみがうらマラソンまであと5日だった。



2009年4月19日、結局、僕はかすみがうらマラソンに出場した。

日差しの強い日だった

そして僕はその日・・・ボロボロになった。



20kmまではどうとでもなる、練習でも走れてるし、自分を騙してでも走れる。
しかしそれ以上の距離は・・・誤魔化しが効かない。

過去の経験から前半でつぶれても後半を5分/kmで走る自信が25kmまではあった。
けど、今回は今までとは比べ物にならないくらい痛みが強い。
過去2回も辛いと思ったけど・・・今回は・・・頑張っても足が動かない。
知らず知らずに左足をかばった為か右足の大腿四頭筋、
特に内側広筋が常に張りっぱなしの状態で痛みが僕の足を止めようとする。
実際、何度も止まって屈伸したり、水をかけたり・・・
そんな事で痛みが弱まることなど無く、僕はまた歩くように走り出した。
途中、SWACから応援に来てくれて人達もいっぱいいた。
併走してくれたりもした。
いつもならペースを上げて応援に答えるのだが・・・
その日の僕はかろうじて前に進むことだけで、崩れた笑顔を保つだけで精一杯だった。
僕は止まるように走り続けた。
足を数cm浮かせるだけでも辛かった。
普段なら何も気にならないような、気付きさえしなような傾斜が辛かった。

いったい何の為に出場したんだろう。
いったい何の為に走ってるんだろう。
これ以上進んでもベストも更新できないのに。
初マラソンの記録さえ下回るのに。
ここで止めても誰にも責められはしないのに。

本気で止めようと何度も思った。
アスファルトに倒れこもうと何度も思った。
何も見つけられないから。
それでも前に進んでいた。
今回ほとんどを一緒に走ってくれたSWACのO君に励まされながら
僕はゴールを目指していた。



そして・・・ワースト記録を20分更新して僕はゴールした。

僕はこの42kmで約4時間を失う間にいったい何を手に入れたんだろう。
両足の筋肉痛?両腕の真っ赤な日焼け(火傷)?全身の疲労?心のダメージ?
最悪な結果???

いや・・・分かってたんだ。
練習が全然足りてないことも、左ハムの故障が回復してないことも、
でもどっかでベストくらいならって甘い考えがあって、
そんなに甘くないって分かってたはずなのに。
だから悪い結果も当然で。
それでも実際に悪い結果を出すとやっぱり落ち込んで。
「よく走りきったよ」と自分に声をかけることなんて出来なくて。
ただ悔しくて・・・悔しくて・・・自分の弱さが悔しくて一人歩く夜道で涙して。
「大丈夫、Liuなら乗り越えられるから」
優しい言葉が僕を励ましてくれる。
ただ・・・僕は乗り越えられるだろうか・・・
僕は・・・
そんな僕の3度目のフルマラソンは終わった。



翌4月20日、初めてのフルマラソン、長野を走った日からちょうど一年。
数時間の睡眠を何度か繰り返した後、早朝からジョグに出た。
両足はひどい筋肉痛、背中もバリバリに固まっている。
ゆっくりのジョグなのに呼吸がすぐに苦しくなる。
体中が悲鳴をあげている。



3週間後には仙台国際ハーフマラソンが控えていた。
今の状態ではもちろんベストなんか狙えない。
2008-2009シーズン最後のレース。
怪我ばかりだった今シーズン、最後くらい気持ちよく走りたかった。
不安がない訳じゃない、いやむしろ不安だらけだ。
それでも仙台に行けば楽しめるような気がした。
去年がそうだったように。



だから僕はその日、無理やり身体を動かした。
バリバリの身体をぼぐすように。


5月に入ってようやく左ハムの痛みも違和感もほとんどなくなった。
ただ、10日間でどうなる訳もなく・・・それでも僕は走らずにはいられなかった。
GW中、炎天下の中、走り続けた。
もともと暑さの苦手な僕はボロボロになりながら走った。
思うように走れずに、怪我をする前に走っていたペースで走れずに、
距離も長くは走れなかったけど、ただ不安が増えて行くだけだったけど、
それでも僕は走りたかった。
たぶん疲労がたまるだけで意味のない走りだったかもしれない。
むしろマイナス要因の方が大きかったと思う。
それでも僕は走った。
目の前の壁を乗り越える為に。
いや、乗り越えられなくてもその足がかりだけでも作れるように。
仙台ではハーフでのベストはもちろん、去年の仙台での記録を上回るのさえも
難しい・・・いや、無理だろう。
それでも僕は・・・

そして・・・

2009年5月10日、僕はまた新緑の仙台を走った。
昨年とは違い気温が10℃以上高かった。
少なくとも僕にとってはいいコンディションではなかった。
もちろん身体のコンディションもいいものではなかった。
それでもスタートから全力で走った。
途中でつぶれてもいいやと・・・去年もそう思ったっけ・・・
ただ今回は本当につぶれたけど。
かすみがうらマラソンでのハーフ通過タイムさえも下回る記録。
ベストからは5分以上遅い記録。
それでも僕は沢山の仲間と楽しく走れた。
それでも僕は最後まで走りきった。
それでも僕はゴールで笑えた。
すくなくとも目の前の壁を乗り越えるための足がかりは作れたと思う。
僕にはまだ壁を乗り越えるチャンスがある。
それだけでも僕はきっと幸せなんだろう。



僕にとっての2度目のシーズンが終わった。
僕が走る理由・・・「ただ走りたいから走る」
それだけでは走れなかったシーズン。
新しい理由なんてまだ見つけられないけど、まだ走る事を嫌いにはなっていない。
結局「ただ走りたいから走る」
ただ・・・今は・・・もう少し上を見る為に・・・
秋、そして延岡へと・・・もう少し上を見てもいいですか。
もう少し上を。。。







第二部 完。


たくさんの事を教えてくれた走る事へ
そこで出合ったみんなへ
そして最後まで読んでくれたあなたへ
たくさんのありがとうを。

2009/5/18